沖矢昴という男




















FBIきっての切れ者、赤井秀一の死から2週間。FBIの面々も、まだまだ続く黒の組織との戦いの為、赤井の死を乗り越えて、前を向いて歩こうとしていた。ただひとり、を除いて。は赤井が死んだと思っていない。確証の無い想いと疑問点だけではあるが、は自分のそれを信じていた。自分の相棒バディ、FBIの中でも最高クラスの赤井秀一が、そう簡単に死んでやるわけがない。指紋が一致したと言われた時の言い方も気になる。周りには死んだと見せかけて、どこかに潜んでいるのかもしれない。だとしたら、あえて探すことはしない。時が経つまで待つことにする。そう思いながら、は歩いていた。そしてふと辿り着いたのは、阿笠邸や工藤邸のある通り。完全に無意識だった。どうしたものかと思案し始めただったが、不意に工藤邸の前に、すっかり見慣れてしまった少年がいることに気づいた。

「コナンくん?」

「あ・・・さん」

コナンはに気づくと目を瞬かせた。そして若干焦ったように、ちらと工藤邸の玄関の方を見る。なんだろうと思いがそちらに顔を向けると、見たことのない青年が工藤邸から出て来る所だった。

「彼は・・・?」

「あ、と、沖矢昴さん。この間近くのアパートが火事で燃えちゃって、行くとこが無いからってここに・・・」

「・・・ふぅん」

コナンとここ工藤家の主は親戚だという。コナンが勧めたのかもしれない。だが見ず知らずの男を今は誰も住んでいないからといって親戚の家に住まわせるだろうか。はその沖矢昴という青年を見つめていた。何か、引っかかる。雰囲気というか、空気というか、気配というか、感覚にすぎないものが。

「おやコナンくん、そちらの方は?」

さん。FBIなんだよ!」

「ホー・・・FBI、ですか」

ピク、と反応したのはの方だった。この男、何かある。コナンがすぐさまがFBIだと教えたのも意味があるのかもしれない。

「今この家に住まわせてもらっている、沖矢昴です。よろしくお願いします」

言って差し出されたのは、左手。はその手を見て、わずかに目を瞠った。

(トリガー跡・・・)

これは普通、一般人の手につくものではない。サバイバルゲームや射撃が趣味だといえば別ではあるが。待っても握手を交わしてこないことに不思議を思った昴が、「あの・・・?」とこぼした。はハッとし、顔を上げて昴を見る。若干困ったような、“普通”の顔。は小さく息をついて気を落ち着かせた。

「・・・悪いけど、信用できる相手としか、握手しない事にしてるの」

「あ・・・そうですか、それは失礼しました」

「ごめんなさいね」

少し残念そうに昴が手を引く。警戒していることは、昴にも、コナンにも気づかれているだろう。だが昴はとくに気にした様子もなく、「そうだ」と次を切り出す。

「よろしければお茶をご一緒しませんか?ちょうどコナンくんを招いたところだったので」

「え?あ、そう、ね・・・」

ちら、とコナンを見る。だがこの“普通でない少年”は、にこりと笑っただけだった。

「・・・それじゃ、お言葉に甘えて」

「はい、どうぞ」

昴が背を向け、それにコナンが続く。この違和感は何だ。この男はなんなんだ。ぐるぐる渦巻く不思議な思いの答えが見つからないまま、も工藤邸に足を踏み入れた。


















工藤邸に入るのは初めてかもしれない、そもそも工藤家の人々と関わりが無いのだから当然だ。促されるままリビングのソファに腰掛け、昴を待つ。しばらくして、くん、と鼻についたのは、コーヒーの香りだった。

「すみません、勝手にコーヒーにしましたが、大丈夫でしたよね」

「え、えぇ」

質問ではなく確認できたことに、また違和感。コナンからがコーヒー党だときいていたのだろうか。コーヒー自体はどこにでもありそうなものだ。受け取ったマグカップを鼻に寄せて、くん、と香りを楽しんだ後、それを口にして、はピタリと動きを止めた。

さん?お口に合いませんでしたか?」

「・・・・・はは。なるほど、そういうことだったのね・・・」

コトン、とカップをテーブルに置き、そのままテーブルに肘をついて俯いた。瞬時に、わずかに空気が変わったのを感じ、また「ふふ」とこぼす。

「やっぱりね・・・そんな簡単にくたばるわけがないと思ってたのよ・・・・・ねぇ?秀一」

顔だけ上げて、彼を、“沖矢昴”を見つめる。真っ直ぐな視線が昴をとらえて離さない。昴もまた眼鏡の奥からじっとを見ていたが、やがて、ふっと息をもらした。

「さすがだな・・・伊達に何年も組んじゃいないか・・・」

その口元には、笑み。“沖矢昴”の声ではあるが、その口調はまさしく“彼”のものだった。彼がピ、と首元のものを触り、スッとを見なおした。

「どうやって気づいた?」

「まずは雰囲気とか空気。それから、左手のトリガー跡」

「ホー・・・」

感心するように沖矢昴、もとい、赤井秀一が自分の左手を見ながら息をもらす。そのままは続けた。

「最後に、コーヒー」

「コーヒー?」

ここで声を上げたのは、傍観していたコナンだった。そういえばこの子の前でべらべらと話してしまっているが、大丈夫だったろうか。否、赤井も何も言わないし彼自身平然としているということは、もともと沖矢昴=赤井秀一だと知っていたのだろう。

「コーヒーの味が、秀一のだから」

「・・・なるほどな」

さすがの赤井も、そこまで気が回らなかったらしい。腕を組んでふっと笑みをこぼし、「まぁ、そういうことだ・・・」と言った。

「何がそういうことだ、よ。ちゃんと説明してよね。コナンくんも」

「うぇっ!?う、うん・・・」

突然ふられて驚いたコナンと、面白そうに小さく笑みを浮かべる赤井から、は事の“すじがき”をきいたのであった。





















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