ある日の事であった。バスに、“組織”が現れるとの情報を耳にし、彼らはそのバスに乗り込んだ。1人は風邪を引いたことを装ってマスクをし、1人はサングラスをかけていた。最後部座席に座り様子を伺っていると、起きたのはヤツらの行動ではなく、予想外のバスジャックだった。スキーウェアを着込んでゴーグルをかけ、手には拳銃と大きな荷物。男達の目的は、宝石強盗で捕まった、服役中の仲間の釈放だった。4人グループのうち1人が捕まり、3人はまだ逃走中だという。だが男達は2人。まだどこかに仲間がいるのだろう。
(面倒だけど、巻き込まれてる以上放置はできないか)
サングラスをかけているため、視線を動かしただけでは見えない。が、隣の男はそれでも目配せを返した。強盗犯達が乗客の携帯電話を回収し始めた。最後部席まで来て、サングラスの女に声を掛ける。
「おい女、携帯電話を出せ」
「今日忘れてでちゃって・・・」
「なにぃ?」
男は怪訝そうな声を出したが、やがて女が嘘をついていないと判断したのか、それ以上は言わなかった。次に言うのは、マスクの男だ。
「早く出せ!」
「あ、すみません・・・携帯持ってないんですよ・・・ゴホゴホ」
「なんだと?」
「本当ですよ、この人機械にてんで弱くて」
「チッ」
隣りに座っていたサングラスの女とマスクの男は知り合いのようで、彼女が言うと強盗犯の男は「どいつもこいつも」と言いながら次に向かった。補聴器の男と、ガムをかんでいる女。女のほうは強盗犯を挑発してしまい、威嚇射撃を放たれていた。
(拳銃は本物・・・ま、当たり前か)
なんせ宝石強盗犯だ。その後男は前に戻ろうとしたが、乗り合わせていたジョディに足を引っかけられて転んでしまった。男は当然怒ったが、英語でペラペラと謝って来るジョディに、もういいと返して前に戻った。ジョディに、手を握った時にトカレフのセーフティを作動させられたとも気づかずに。
(自分に目を向けさせてほかの乗客に危害がいかないように、てのもあるんだろうけど、ほどほどにね・・・)
案外無茶をする同僚に、ひやひやさせられてしまう。
前の座席にいる少年―コナンが手元でなにかごそごそしていたら、強盗犯の男がよってきて、小さな機械を奪って行った。前にいた男が、こんな小さなこどもの手元なんて見えるはずがない。おそらくもう1人の仲間が乗客に扮していて、あやしい動きをした者を知らせることになっているのだろう。 2度目の電話で、仲間が釈放されることが知らされた。そして男達は、持っていた大きな荷物を、バスの通路に並べ置いた。
(まさか、爆弾?)
先程の少年がそのバッグに触ろうとして、また目をつけられる。銃を向けられたコナンをかばったのは、新出という医師だった。男は標的を新出にかえようとしたが、もう1人の男に「アレにあたったら」と言われてやめた。アレはやはり爆弾のようだ。
(さて・・・ヤツらの出方次第かしらね・・・)
彼女はサングラスの奥で目を細めた。先程からなにかをやろうとしているコナンに、少しの興味を向けながら。
またしばらくすると、今度は強盗犯の携帯に電話がかかってきた。相手は釈放された仲間だった。すると男達は運転手にルート変更を言い渡し、次に客席のほうに向いた。
「おい!そこの青二才と奥のカゼを引いた男、それからその隣の女!前へ来い!」
呼ばれた3人は大人しく前へ出た。トンネルに入り、新出と男は強盗犯たちが着ていたスキーウェア一式を着せられる。そのあと乗客からもう1人選出され、強盗犯らの人質となった。
「私は?」
「おまえはこいつらの人質だ」
「ふぅん・・・」
なんと無意味な。そして同時に、なるほどと思う。呼んだのにわざわざ別のところから人質を選ぶ。ということは、その人質、ガムをかんでいた女が、もう1人のやつらの仲間ということだ。自分達がバスを降りた後、爆弾を爆発させ、乗客の口を塞ぐつもりなのだろう。その前になんとか止めないと。ちら、と“彼”の方に顔をむければ、わずかに頷かれた。行動をするのは、トンネルを出てやつらに動きがあった時。もうすぐトンネルを抜ける。ここでバスはスピードを上げて警察の車を引き離すよう指示されていた。バスがスピードを上げ始めると、行動したのは男達ではなく、コナン達だった。
「みんなに顔を見せたって事は、みんな殺されちゃうってことでしょ?なんとかしないとほんとに殺されちゃうよ・・・この爆弾で!」
コナンと、通路向かいに座っていた老人が持ち上げたのは爆弾。そこには先ほどにはなかった、文字の様なものが書かれていた。
(Q・・・?じゃない、P・・・OT・・・STOP!)
これは運転手に向けたメッセージだ。バックミラーを通してみると、反転して見える。運転手はその文字を見て、咄嗟に急ブレーキをかけた。バスが大きく揺れ、立っていた強盗犯達が地に伏せる。今がチャンス、と彼女らが踏み出したが、身体を起こして銃撃しようとした男を再び地に伏せさせたのは、どちらでもなかった。コナンが出て来て何かを向けた直後、ふ、と糸が切れたように倒れ込んだ男。様子を伺えば、静かに寝息を立てていた。
(麻酔針・・・?あの時計から?この子、一体・・・)
考えている暇はなかった。新出が女を羽交い絞めし、ジョディがもう1人の男をつぶしたところまではよかった。だが、今の衝撃で、爆弾の起爆スイッチが入ってしまったらしい。あと30秒足らずで爆発する。
「っ!みんな急いで外へ!」
わっと乗客がバスの外へと逃げ出す。バスの中に人がいなくなったことを確認し、眠らされた犯人をひきずって外へ出た。警察へその身柄を渡した直後、銃声が響いて振り返る。撃たれたのはバスの窓で、撃ったのは、コナンだった。
「またあの子・・・?」
コナンは中へと突っ込んで行くと、少女を1人抱えて飛び出した。同時に、タイムアップになった爆弾の爆発。間一髪だったというわけだ。
「・・・・・」
「・・・目的を忘れるなよ・・・」
「えぇ・・・わかってる」
コナンは気になるが、今回の本来の目的は、まったく別の所にある。もっともそれも、不測の事態でこれ以上は無理となってしまったが。
「2月23日、不足の事態により続行不能・・・。標的は現れず・・・。後日改めて調査を再開する・・・以上・・・」
ピ、と男が通信機を切る。携帯電話を持っていないと言ったのは嘘で、2人ともしっかり隠し持っていた。
「報告は終わった?警察が事情聴取するって」
「わかった」
「それじゃ、行きましょ、秀一」
佐藤刑事によって乗客が次々に警察の車に乗せられ、警察署へ連れて行かれた。
「それじゃ、事情聴取を始めます。まず、お名前とご年齢をお願いします。あぁ、サングラスはとってくださいね」
「あぁ、失礼」
サングラスが外され、深い青の瞳が警察官を見つめた。
「、30歳です。あれには驚きました・・・」
は内心で面白さと複雑さを抱きながら、警察の事情聴取に応じたのであった。