カラン、とベルの音を立ててドアが開かれた。入って来た男にマスターが「いらっしゃい」と声をかける。全身黒ずくめにサングラスの体躯のいい男は、軽くきょろと辺りを見渡した後、カウンター席に座った。
「待ち合わせかい?」
「いや・・・」
「そうか」
一般人には見えないがなぁと思いながら、マスターは奥の方に向いて、大きな声を上げた。
「ちゃーん」
「はいよー」
ピク、と男の肩が揺れたのを、マスターは見逃さなかった。なるほどこの男も彼女目当てか、と相変わらずの看板娘の人気さに感心する。少しして、呼ばれた女がカウンター内に出てきた。真っ赤に染めた髪は一部に刈り込みが入っており、セミロングの長さが揺れる。彼女の登場で、周りが少しざわついた。彼女の深い青の瞳がマスターの先にいる男を捉えると、その目がぱちっと開かれ、口元には笑みが浮かんだ。
「なんだよ!来るなら先に言えよ!」
「す、すいやせん」
「うん?ちゃんの、知り合いかい?」
マスターが目をぱちくりさせ、と男を交互に見る。はふふんと笑って、男と目線を合わせるように彼の前に肘をついた。
「アタシのイイ人だよ。なー?」
「は、はい」
の言葉に男が同意すると、あたりでいくつもガタッと音がした。このバーでは人気があり、恋愛としての好きではなくても、交換を抱いている者は数多い。殺気さえとんできそうな雰囲気で、男はただを見ているしかできなかった。
「あぁ、お前さんがちゃんの噂のいい人だったか。ちゃんがベタ惚れのようだったから、どんな美丈夫かと思ってたんだが」
マスターだけは腕を組んでしげしげと男を観察している。がイケメンに目が無い事は男も重々承知で、そう思われていることは仕方がないだろう。
「アタシが面食いなのは確かだけど、それとこれとはまたちげぇし、コイツはそんなの関係ねぇくらい男前なんだよ」
「この感じだもんな」
のろけを聞いたマスターが肩をすくめ、男の背後で睨みをきかせている連中に目を向ける。だからお前達は大人しくしていろ、と言わんばかりに。マスターの視線でしぶしぶ席に座る男達を、は楽しそうに見ていた。
「姐さん・・・モテるんすね」
「まぁな~。けど、浮気はぜってェ無いから安心しろ♡」
見えないハートでもとんだかのウインクに、男の顔が若干赤くなった。
「んで、何飲むよ?」
「あ、あぁ・・・をくれ」
マスターの問いに男が答え、が笑みを浮かべる。それに笑みを返し、当たり前でしょう、と男は心の中で呟いた。“”は、彼女のもうひとつの名なのだから。
「どっちからだったんだい?」
「初めは俺が姐さんを気にしてたんですが・・・」
「コイツがアタシを庇って撃たれた事があってな?そん時に惚れちまったんだよ~」
(あぁ、やっぱ裏の人間だったんだな、この男も)
ここは、裏の人間が集うバーである。