は、ポアロの前にいた。この時間、もう閉店間際である。スッとひと呼吸して、はそのドアを開けた。
「すみません、もう閉店で・・・」
出迎えた男はそこで止まった。の姿を目にして、軽く目を瞠っている。ドアを閉め、彼女は彼をまっすぐに見た。
「このお店、“そういう類のもの”は?」
「・・・僕がチェックしているので、ありませんけど」
「君自身には?」
「さすがに何か事を起こす時以外には、つけられていません」
「そっか、よかった」
何が、と問おうとした安室だったが、のその、嬉しそうな表情を見ると声が出なかった。そして、は笑みを浮かべ、彼に言った。
「話をしに来たの。いいかな?“零くん”」
「っ・・・!」
彼女の声でその名が呼ばれると思ってもいなかった安室は、数秒声を失ったのであった。
ドアにCLOSEの看板をかけ、カーテンを閉める。薄暗くなった店で、2人はコーヒーカップを間に挟んで向き合って座っていた。
「さて、どこからどう話したものか・・・ききたいことは?」
「・・・話をする、と言いながらそれですか」
「ちゃんとまとめてくればよかったねぇ」
言ってはコーヒーを口にする。「うん、美味しい」とこぼして、そうね、と繋げた。
「とりあえず昨日のことから、かな?」
「あなたもあの場にいたと・・?」
「私はむしろ、君の近くにいたよ」
「え」
安室が目をぱちくりさせた。
「君が部下を連れて乗り込んできたときのために、スタンバってたってわけ。そうならないでくれて、よかったけど」
「そう、だったんですか・・・。・・・僕の名は、赤井から?」
「ううん、昨日の通話を盗聴してたのと、私も君が公安の人間だって、思ってたから」
「・・・」
「確信したのは一昨日ね。ゼロってあだ名と、“僕の日本から”ってとこ。組織の行動範囲は世界規模だし」
「・・・さすがですね」
ふ、と安室が苦笑をこぼした。観念した、と言うように肩をすくめてみせる。
「あとは、君の洞察力や推理力と、ベルツリー急行で“彼女”を殺そうとしなかった点、かなぁ」
「待ってください、あなたも、あの列車に?」
「えぇ。裏方として、ね。まぁ、私はほとんど何もしてないけど」
「・・・」
安室の眉間にわずかにしわが寄る。欺いていたと思っていた相手に欺かれていたと知り、複雑なのだろうか。
「でも私にも疑問点があってね」
「なんでしょう?」
「どうやって、私がFBIだって知ったの?」
彼には苗字しか教えていなかったはずで、当然仕事や住まいも彼は知らないはずなのだ。
「コナンくんにきいたんですよ。さんの下の名前は何か、って」
「あぁ、さすがにフルネームわかれば・・・いや、わからないよね?」
いくら公安の情報網でも、FBIの個人情報だ。そう簡単に知れるものではない。
「・・・赤井が、呼んでいたんですよ、電話で。“”って」
「・・・あぁ・・・」
残念なことには納得してしまった。組織に潜入している時に、電話で名を呼んで、たまたまそれを安室が、バーボンがきいていたというわけだ。
「・・・正直、あなたがFBIだとわかった瞬間、絶望しました」
「・・・」
「“あの男”と同じ、FBI捜査官・・・」
あの男とは誰か、きく必要はなかった。にはすぐに、身近にいる彼が浮かんだ。彼は元々組織にいた頃も折り合いが悪かったらしく、またとある一件から、憎しみを抱いているのだという。組織にいた頃のことは、も詳しくはきいていない。
「・・・でも、それでもぬぐえないものも、あったんです」
「・・・だから、あの言葉を?」
「えぇ・・・」
あの言葉とは、“明日の行動にはお気をつけて”という忠告の言葉だ。それはにも危険が及ぶ可能性があることを示していた言葉。
「・・・実はね、私も同じ」
「え?」
ふ、とが安室に苦笑を向ける。
「わりとはやいころから、君がバーボンだって、知ってたの」
「え・・・」
「でも、心のどこかで“別のもの”も期待してて・・・。君を知るたびに、もしかして、って思うようになった。君が公安の人間だって確証ができて・・・安心した」
「・・・・・」
「
でも、とは続ける。
「“私”は、君と対等に並びたいと思うよ」
「・・・さん」
そのまっすぐな視線に、安室は胸があつくなるのを感じた。
「なんて、よくわからない話になっちゃったかな?」
「いえ・・・」
冷めてしまったコーヒーを口にしては息をついた。
「わかってるとは思うけど、赤井秀一が生きていることは」
「ご心配なく。ベルモットには、やはり赤井が生きているというのは僕の思い過ごしだったと話してあります」
「よかった。秀一が生きている事が知れると、まず危険なのは水無怜奈だから・・・」
赤井秀一の死の偽造に協力したキールこと水無怜奈を、ジンは容赦なく殺すだろう。それは避けなくてはならない。
「大体の事は話せたかな・・・ごめんね、夜遅くに」
「いえ・・・僕も、話せてよかったです」
「それならよかった」
言っては席を立つ。この時間だが念の為、裏口から出る。
「それじゃ・・・また」
「えぇ・・・また」
そのまま別れるかと思ったが、がすっと右手を差し出してきた。ぽかん、となった安室だったが、すぐにその意を把握し、自分の右手をその手に交わした。笑みを浮かべて身を翻したの背中を、彼は見えなくなるまで見送った。