“明日の行動には、お気をつけて”と安室から忠告を受けたその夜、は工藤邸を訪れていた。工藤邸には現在ここに住んでいる昴の他に、コナン、そして工藤優作、有希子の姿があった。
「さん、どうしたの?」
「・・・明日、安室くんは何かしら仕掛けてくるわ」
「・・・やっぱり、か」
やっぱり。そうつぶやいた少年は、とても7歳の表情とは思えない面立ちだった。そして少年は顔を上げた。これからの作戦を、伝えると。
テレビでマカデミー賞の受賞放送が流れ始めた頃、ピンポーンと呼び鈴がなった。宅配便だと言われ、昴は玄関のドアを開ける。
「こんばんは・・・初めまして・・・・安室透です・・・」
そこにいたのは、褐色肌に金髪の青年。宅配業者には、見えない。はぁ、と生返事を返すと、彼は「でも」と続けた。
「初めましてじゃ・・・ありませんよね?」
彼は少し話がしたいからお邪魔してもいいかときいた。
「えぇ・・・あなたおひとりなら。申し訳ありませんが、外で待たれているお連れの方達はご遠慮願います・・・。お出しするカップの数が足りそうにないので・・・」
昴の答えは、条件付きのYes。安室はそれに頷いた。
「でも・・・あなたの返答や行動次第で・・・全員お邪魔する羽目になるかもしれませんけどね・・・」
不穏な返答を残しつつ、安室は工藤邸へと足を踏み入れた。
安室はとあるトリックについて話し始めた。死体すりかえのトリック。とある男が、自分を死んだと見せかけるために、別の男の死体を使ってその場をやりすごした。その陰には協力者の女と、ある少年の姿。そこまで読んだ安室は、あとはその少年の周囲を探ればその死を偽造した男の居場所がわかると言った。そして、その男が消えた直後に現れた昴を怪しんで、ここに来たというわけだ。その洞察力と推理力は賞賛に値するだろう。彼は「連絡待ちです」と言いながらスマホをテーブルの上に置いた。
「現在、私の連れがあなたのお仲間を拘束すべく追跡中・・・。流石のあなたもお仲間の生死がかかれば・・・素直になってくれると思いまして・・・。でもできれば、連絡が来る前にそのマスクをとってくれませんかねぇ・・・沖矢昴さん・・・」
安室の口元には、確信を露わにでき、“彼”を追い詰められる喜びを現わすかのように、笑みが浮かんでいた。
「いや・・・FBI捜査官・・・赤井秀一!!」
「・・・」
昴は間をとった。そしてスッと右手を上げる。
「君がそれを望むのなら、仕方ない・・・」
昴は口元に手をやり、その“マスク”を外した。風邪気味だからとつけいる、口元のマスクだ。
「そのマスクじゃない・・・その変装を解けと言っているんだ!!赤井秀一!!!」
しびれを切らした安室が怒鳴り声を上げる。だが昴の方は気にも留めず、「変装?赤井秀一?さっきから何の話です?」と返した。安室ははやる気持ちをおさえ、この家に隠しカメラが設置されていることを見抜いてみせる。
「この様子を録画してFBIに送るつもりなのか?それとも別の部屋にいる誰かが・・・この様子を見ているのかな?」
「・・・」
昴は少し間をあけ、ゴホゴホと咳き込んだ。
「そもそもその赤井秀一という男・・・僕と似ているんですか?顔とか、声とか」
「フン・・・顔は変装、声は変声機・・・」
彼は今日の昼間、このあたりをリサーチしていたらしい。そして、隣の阿笠博士が、評判がよかったのに急に販売を中止した発明品があったことに目をつけた。それは、チョーカー型変声機。
「そう・・・大きさは丁度、そのハイネックで・・・」
安室がソファから立ち上がり、昴に近づく。
「隠れるぐらいなんだよ!!」
そして彼は、昴のハイネックの首元を下した。だが、そこには昴の首があるだけで、何もついていなかった。
何もついていないことに動揺した安室は、テーブルに置いたままのスマホが揺れていることに気がついていなかった。昴に言われてスマホをとり、電話に出る。
「どうした?遅かったな・・・え?あ・・・赤井が!?」
彼の驚愕の声がリビングに響く。どういうことだ、と安室は昴を見た。そこには表情を変えずじっと安室を見る昴の姿。そして、電話口の向こうからの言葉にまた声を上げた。
「何!?赤井が拳銃を発砲!?それで追跡は!?」
計画がやぶられ、焦りの声が出る。赤井は追跡してきた車のタイヤを撃ちぬき、それによって後続の車も身動きがとれなくなっていた。何が何でも赤井を捕えなければ。そんな気迫が伝わってくるようだ。
「おい?どうした?状況は!?応答しろ!」
『久しぶりだな・・・バーボン・・・いや、今は安室透くんだったかな・・・』
「!」
電話口から部下ではない声が、覚えのある声がきこえ、安室の表情が変わった。怒りともとれる顔色。それと反対に、赤井の声はいつもの冷静沈着だった。
『君の連れの車をオシャカにしたお詫びに、ささやかな手土産を預けた・・・。楠田陸道が自殺に使用した拳銃だ・・・。入手ルートを探れば何かわかるかもしれん・・・。ここは日本・・・そういう事は我々FBIより君らの方が畑だろう?』
「まさかお前、俺の正体を!?」
『組織にいた頃から疑ってはいたが・・・あだ名が“ゼロ”だとボウヤに漏らしたのは失敗だったな・・・。“ゼロ”とあだ名される名前は数少ない・・・調べやすかったよ・・・降谷零くん・・・』
安室透、バーボン、そして降谷零。みっつの名を持つ男の目が見開かれた。
『恐らく俺の身柄を奴らに引き渡し、大手柄を上げて組織の中心近くに食い込む算段だったようだが・・・これだけは言っておく・・・』
赤井が少し、間を置いた。
『目先の事に囚われて・・・狩るべき相手を見誤らないでいただきたい・・・。君は、敵に回したくない男の1人なんでね・・・』
「・・・」
『それと・・・彼の事は、今でも悪かったと思っている・・・』
「っ!」
ギリ、と安室が歯切りしをした。その会話で赤井はスマホを安室の部下へ返し、赤井を乗せた車は彼らから離れていった。安室は部下に撤収を指示。自身も昴に謝罪し、引き上げていった。
もういいよ、と言われ、部屋を出る。小型モニターを彼に返し、ふう、と息をついた。
「正解、だったわね」
言うと、下にある視線が、うんと頷いた。
「・・・よかった」
「え?」
「なんでもないよ」
ふ、とは、首を傾げるコナンに笑みを浮かべて見せた。
翌日、ジョディとキャメルは工藤邸を訪れた。優作はすでに家を出、優作としてマカデミー賞の受賞会場に行っていた有希子ももう行ってしまったらしい。それと入れ替わりにか、少年探偵団のこどもたちが来ていたようだ。玄関が少々汚れている様子から見てとれる。は買い物袋を引っ提げて台所へと向かった。
「、どうしてここに!?」
「昨日からいたわよ?あ、今は買い出しに行って来たけど」
「えぇ?」
昨夜、安室がこの家を訪れた時、は別室に待機していた。安室が部下を乗り込ませるという強行手段に出た時に対応するときのために。
「は知ってたの?」
「どれを?」
「どれって・・・シュウが生きてたことよ!」
「あぁ、それね」
軽い事を言うように十華が頷く。
「私は沖矢昴に初めて会った時に気づいたのよ。彼が秀一だって」
「だったら、なんで教えてくれなかったのよ!」
「そりゃあ・・・」
「ジョディ、さっきも言っただろう。敵を欺くにはまず味方からだと・・・」
「そ、それはそうだけど!」
十華の返答をかわりにこたえるかのように、沖矢昴の姿の赤井秀一が、彼本来の声で言った。どうやら先に同じことを言われていたようで、これがやつあたりのようなものだとは判断した。
「けど、来葉峠の一件は知らなかったから、秀一だとわかったときにきいたのよ」
「じゃ、じゃあ、昨夜のことは!?」
「あれは、安室くんが・・・」
「安室透、ですか?」
きいたのはキャメルだった。は間を置いてちら、とジョディとキャメルを見る。
「?」
「安室くんに一昨日の別れ際、明日の行動にはお気をつけて、って言われてたのよ」
「それって・・・明日行動を起こすから、ってこと?」
「そうとって、こうして、ね」
肩をすくめてみせると、ジョディは少しうなったあと、大人しくなった。
「それじゃ私、これから行くとこあるから」
「え?は話、きいたの?」
「きいたもなにも、メール来た時、いたし」
組織に潜入を続けている水無怜奈からきたメール。RUMという、アルファベット三文字のメールだ。RUMはボスの側近といわれているもののコードネーム。いよいよ大物が動き始めるということだ。
「状況は大体把握してるから。それじゃ」
「え、えぇ」
まだ若干戸惑いを残すジョディとキャメルを尻目に、は工藤邸をあとにした。
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あぁ難しい・・・コミック片手にお読みください・・・(