君と出会って私の世界が動き始めた
















四国、岡豊城。
親子の現在地である。は数えで9歳になっていた。
いつものように真暁は仕事に行き、は1人庭で遊んでいた。
そこでふと、何かが聞こえてくることに気づく。


「歌・・・?」


は耳をよく澄まして、どこから聞こえてくるのか探った。高くはないが、低くもない声。不思議と胸にしみてくる。
歌が徐々に大きくなっていくことを頼りに歩いていくと、襖が歩いている部屋の前に辿り着いた。確かに歌は此処から聞こえてくる。
縁側に膝立ちになり、部屋の中を目をこらしてみる。部屋の奥には、1人でお手玉をして遊んでいる子どもがいた。
がいる方に背を向けている状態なので顔はわからないが、灰白色の髪が目につく。


「ねぇ」

「!!?」


が声をかけると、相手は驚いてお手玉を取り落し、おそるおそる振り向いた。


「だ、誰・・・?」


今度はが驚いて目を丸くする。その子どもは、左目に眼帯をしていたのだ。
脳裏に、3年前仲良くなった少年が浮かび上がり、この子もそう≠ネのだろうかと気を落とす。


「・・・?」


その状態のまま黙って動かないをどう思ったのか、子どもは立ち上がって縁側の方に歩いた。
綺麗な着物を身に纏い、左目に眼帯を付けた、灰白色の髪の子ども。
よりいくつか年上だからか、背の差は少し大きい。


「・・・誰?何か、用?」

「えっ、あ、えっと・・・」


は、はっと我に返り、言葉を濁したがすぐに顔を上げて相手を見る。


「わたし、。1人で遊んでるんだったら、一緒に遊びませんか?」


子どもは目を丸くしたが、やがてこくりと頷き、を中へ招き入れた。














「さっき、歌ってたよね?」

「・・・うん」

「もう一回歌って?すごく、上手だった。あと、お手玉も!」

「・・・いいよ」


の要望に応え、お手玉を手にする。スゥッと息を吸い込み、お手玉が放られると同時に、その口から歌が紡がれ始めた。
お手玉が歌に合わせて宙を舞う。は歌に聞き入り、お手玉に見入っていた。









歌が終わると、お手玉が綺麗に手の中へ帰る。一瞬間があった後、が食いついた。


「すごいね!歌もお手玉もすごく上手!いいなー。わたしそういうのは全然できなくて・・・」


キラキラと目を輝かせていうを見て、子どもの口元がほんの少し、緩んだ。
初めて見られた笑顔に、はさらに笑みを浮かべる。
2人はしばらくの間、そうやって遊んでいた。














それが途切れたのは、真暁がを探しに来た時だった。


、こんなとことに・・・弥三郎様!?」

「やさぶろう・・・?」


真暁があげた名を問いがちに呟いて隣を見ると、呼ばれた本人はびくりと震えた。


「弥三郎って、男の子の名前だよね?」

「・・・ごめん」


その謝罪はあまりに小さく、言った本人以外には聞こえていなかった。


、弥三郎様に遊んでいただいていたのか?」

「はい」

「弥三郎様、すみません。ありがとうございます」


弥三郎はふるふると首を振っただけだった。


「そろそろ夕餉だから、早く戻って来るんだよ?弥三郎様にご迷惑かけないようにな」

「はい」


真暁が言ってしばらくたった頃、今度ははっきりと、弥三郎は言った。


「だますつもりじゃなかったんだ。ただ、言い出せなくて・・・ごめん」


弥三郎がどんどん俯いていく。だが、それに反しての顔は明るかった。


「どうして謝るの?」

「え・・・?」


弥三郎が驚いて顔を上げる。


「だって弥三郎は、自分の事男だとも女だとも言ってないよ?だましてなんかない」

「で、でも・・・」


みるみるうちに弥三郎が顔がまた下に落ちて行く。


「男なのに、こんな、女の格好して・・・」

「そういえば、なんで?」

「・・・きいて、ないの?」


は「何を?」ときくように首を傾げる。すると、弥三郎が下を向いたままぽつりと話し始めた。


「・・・おれ、まわりから、『姫若子』って呼ばれてるんだ」

「ひめわこ?」


弥三郎がこくりと頷く。


「おれ、戦いとか、嫌で、武術の稽古とかもしたくないから、こうやって、女の格好して、部屋で遊んで・・・」


弥三郎が下を向いたまま話すのを、は黙って聞いていた。


「長曾我部の嫡男が、女の格好して部屋遊びなんて・・・って。それで、おれのこと陰で姫若子って呼んでるんだ」


弥三郎が言い切る。しばしの沈黙が流れた。


「・・・」

「・・・」


沈黙に耐えきれなくなって、弥三郎がに目を向けようとした時。


「別に、いいのにね」

「え・・・」


不意に、が言った。


「だって、戦うの嫌いなんでしょ?だったら無理して戦わなくてもいいと思うけど」


他者がきけば、綺麗事を、と言うだろう。武家の、それも嫡男に生まれたというのに。
しかしは武もあるが商家の子で、また幼いため、そのような考えは持ち合わせていなかった。


「わたしは逆に、武術の稽古が好きで、女の子の作法、苦手だし・・・」

「・・・・・」


弥三郎は呆気にとられている。しかし同時に、スッとなにか重たい物が抜けて行く感覚があった。
このままでいても、いいのか。


「でも、でもね」


の、ほんの少し気恥ずかしそうな様子に弥三郎は首を傾げる。


「弥三郎のかっこいいところも、ちょっと、見てみたい、かな」

「!」


その言葉に、弥三郎の心に違うものが入り込む。


「あ、もう戻らなきゃ。じゃあまたね、弥三郎!」

「あ・・・うん。・・・また」


手を振って去っていくの後ろを見送り、弥三郎は思った。









戦いは、嫌いだ。
人を傷付けて、殺して、何が良いのかわからない。
だからこうして、女の格好をして、部屋遊びをして・・・必死に抵抗して。
でも・・・。




「弥三郎のかっこいいところも、ちょっと、見てみたい、かな」




弥三郎の心が、少し揺らいだ。









戦いは、嫌いだ。
でも、君が見てみたいと言うのなら。
いつになるかはわからない。すぐにはきっと、無理だから。
でも、いつか。
いつか君に、勇姿を見せてあげたい。
姫若子≠ナはない、おれ≠フ。









世界が少し、変わった日。














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