「子供だって容赦はしない」
それは、なんとなく気分を変えて尾張の方を通った時に起きた。ごく普通の街道だと思われる道のど真ん中に、偉そうに腕組みをして立っている子どもがいた。は不思議に思い首を傾げたが、避けて通ればいいかとそのまま歩を進めた。近づくにつれて子どもの容姿がわかってくる。着物は紫で、少々上物。そこらの村の子どもではないだろう。前髪を紐で結んでおり、その背には、これもなかなか上質の弓。年の頃は14、15といったところだろう。
「そこのお前、止まれ!」
子どもが怒鳴り上げる。が、は構わず進む。すると子どもがむっと顔を歪めた。
「止まれって・・・言ってるだろ!!」
子どもが弓を引き、放った。矢はのすぐ近くを疾り抜け、地に突き刺さる。はそれを見送った後、子どもに鋭い目を向けた。
「突然矢を放つなんて、宣戦布告してるようなもんだよね。子どもだって、容赦しないよ?」
彩輝を少し遠ざけ、腰のそれに手を添える。
「お、お前が止まらないのが悪いんだろ!?何なんだよお前!信長様の敵か!?」
「・・・信長?」
の表情がみるみるうちに心底嫌そうなものに変わる。
「あんた、織田軍?」
「森蘭丸だ!お前、信長様の敵か味方かどっちなんだよ!!」
「森蘭丸・・・『小鬼』か」
正直、織田軍はどうでもいいと思っていた。関わることは無いだろうと。それが、偶々帰り道を尾張方面にして、偶々織田信長の部下に出くわすとは。
「ついてない・・・」
「蘭丸を・・・無視するなぁっ!!」
「!?」
力強く放たれた矢は、先ほどの牽制とは違い、紫の光を帯びていた。咄嗟に避け、跡を見る。地面は黒く焦げていた。
(この子ども、婆娑羅者・・・)
紫の雷が蘭丸の周りで小さくバチバチと唸っている。
「・・・やっぱり容赦するわけにはいかない様だね」
スッとの腰から二対の刀が抜かれる。右手に刀を、左手に小太刀を。
「悪餓鬼には、お仕置きだ」
が、駆けた。
刀と弓。遠距離から攻撃できる蘭丸が有利かと思えたが、はそんなこと関係なく、矢を避けて走り抜けていく。
「くそっ!当たれよ!!」
一気に多数の矢が襲い来ても、避けられないなら弾くまで。の刀に風が纏う。風が雷を弾き吹き飛ばしていく。は一気に間合いを詰め、蘭丸が持つ弓を峰で弾き飛ばした。
「うわっ!!」
勢い余って蘭丸の小さな体が吹っ飛び、尻餅をつく。その首筋に刀を当ててやれば、勝負ありだ。
「〜〜〜〜〜!!!お前殺す!!いつか絶対殺す!!」
「私、織田軍と戦う理由無いんだけど」
二刀をおさめて蘭丸から少し離れる。蘭丸は尚もを睨みつけながら立ち上がる。
「・・・お前は、信長様の敵じゃあないのか?」
「敵でも味方でもない、かな。織田軍で関わったのは蘭丸が初めて・・・あぁ、市を含めるなら二人目か」
「お市様を知ってるのか?」
蘭丸が少し目を丸くする。歓びが含まれているのは気のせいだろうか。
「うん。知り合ったのは浅井に嫁いでからで、健気な人だなって思った。もう少し明るくなれば、もっと綺麗になるんだろうけど」
「・・・・・お前、名前は?」
「え?だけど」
は突然名前を訊かれたことに驚きつつ答えた。
「!次は負けないからな!」
そう言うと蘭丸は地に転がった弓を拾い上げて走り去っていった。は唖然としていたが、ふと我に返ると、目を細めて呟いた。
「まだ、子どもなのにね」
最北端の小さな少女が思い出される。こんな世、さっさと終わればいいのに。思いながらは彩輝を呼び戻し、また歩を進めた。
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セリフ 401〜450
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