甘い香りがする
「取り込み中だから会えないかもしれない?」
ある晴れた日。四国岡豊城に出向いたは、見張り番にそう言い止められた。いつもなら「よくお出でくださいやした!アニキも喜びますぜ!」と喜んで入れてくれるのだが、珍しい事もあるものだ。さてどうしたものかと考えていると、前方から見慣れた人物がやってきた。
「隼人殿」
福留隼人。元親が信頼する部下の一人で、他の野郎共≠ニは少し違う、比較的落ち着いた人物だ。もっとも、彼も戦になれば好戦的だと聞くが。
「殿≠ヘ結構だと・・・まぁいい。元親様が、呼んで来てくれ、と」
どうやらが来たのを上から見つけたらしい。隼人が伝言係になったわけだ。隼人が最初にあぁ′セったのは、主君である元親に対しては呼び捨てなのに、自分には殿≠ニいう敬称呼びだからだ。しかしは元親の事を昔からの友としてみており、元親にとってもそうだから、きかないし、止めさせない。隼人の事は戦人として敬っての呼び方だ。隼人はもう、半分以上諦めている。
「わざわざありがとうございます、隼人殿」
軽く一礼すると、は隼人の横を通り抜けて城の方へ向かって行った。の背を見ながら隼人がため息をついたが、には聞こえていなかった。
「・・・なに、これ」
「よぉ、よく来てくれたな、」
は真っ直ぐ元親の部屋に来たわけだが、その部屋は紙、着物、カラクリの残骸、その他諸々の物が散乱し、埋め尽くされていた。足の踏み場もないと立ち尽くしていたら、元親が一部分をかき分けて座り場を作ってくれたので、ひとまずそこに腰を下ろす。
「片付けしてたらこんなになっちまってよ」
「あー・・・あれね。片づけ始めたはいいけど懐かしい物とか勿体ない物とか捨てられなくて、結局片付かないってやつ」
周りを見てみればわかる。カラクリの残骸なんて明らかに失敗作、最早ガラクタだ。紙も大半はカラクリの失敗設計図だろう。着物に至っては、姫若子時代の物も混ざっている。
「・・・で、私にも手伝えと」
「まぁ、そういうこった。頼むぜ」
「あのねぇ・・・」
まぁ、いいけど。はため息をついて、ひとまず近場にあった着物を手にした。淡い紫と淡い赤で彩られたそれは、まさしく姫≠フもの。大きさからして元親が幼い時に着ていたものだ。
「こんなのとっといてどうするの?」
「そりゃお前、俺にもし娘が出来たら着せてやれるだろうが」
「・・・新しいの買ってあげなさいよ、殿様さんだから」
「勿体ねぇだろうが」
タダじゃねぇんだぞ。言いながら元親は片づけを進めている。カラクリにつぎ込む予算を減らしたら?と思いながら元親の背中を見つめた。その背中は大きく、とてもこの着物を着て姫≠していたとは思えない。はこっそり寸法を合わせてやろうと元親の背中に近づいた。そこでふと、鼻が反応する。
「なんか、甘い香りがする・・・」
「あ?あー・・・昔の出したから匂いが移ったか?」
言って元親は自分で匂いを嗅いで「お、本当だ」と笑った。
「ならお前にも移ったんじゃねぇか?」
「え」
ぐいっと引き寄せられ、匂いを嗅がれる。元親の鼻が、くん、とうなった気がした。
「移ってんなぁ。お前も甘い匂いがするぜ」
「え・・・姫若子がうつる」
「どういう意味だオイ」
怪訝そうな顔を合わせ、二人して笑った。
片付けを再開したはいいものの、あれも姫だこれも姫だこれ懐かしいなぁと話が進み、様子を見に来た隼人に怒鳴られたのであった。
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