私のじゃない。返り血だよ
それは、奥州へ行く途中の山の中で起きた。
大きく息切れする音が自分の耳にもよく入り込んでくる。すでにあちこちが朱に染まっているが、それでも止まることは許されない。止まったら、殺される。
そもそもなぜこんなことになったのか。奥州に行く途中で確か、襲われたのだ。返り討ちにしてやったら何十人もの新手が現れた。賊から落武者まで、様々。囲まれたらお終いだと走りながら戦っているのだが、数が減った気がしない。彩輝は大丈夫だろうか。この辺りをうろつかずに先に米沢城へ行って安全を確保していてほしい。その意はわかってくれているはずだ。伊達にあの子が生まれたときから一緒にいるわけではない。
またひとつ、朱が増えた。ひとつ、ふたつ。着物が朱のせいで重い。意識が朦朧としそうだ。肩で大きくする呼吸も落ち着かない。そんな時、気を散じてしまっていたのか、前方に突如現れた気配に気が付かなかった。そして、何かが、弾けるような音がした。
山は不気味なほど静かだった。
米沢城に独り駆けて来た彩輝の尋常でない様子に、政宗はすぐに馬をはしらせた。
「・・・すげぇ血の臭いだな・・・」
つん、と鼻にくる臭いに思わず顔をしかめる。足元を見てみれば、あちこちに事切れたモノが転がっていた。それを辿っていくと、その中に立ち尽くしているものが見えた。
「!!」
政宗はそれを視認すると、転がっているモノに足をとられないよう気をつけながら、急いで駆け寄った。
「!!」
背中を向けていた彼女がゆっくりと振り返る。その目は虚ろがちで危うい。政宗は駆け寄ったそのままを抱きしめた。
「・・・まさ、むね・・・?」
「無事、か・・・!?」
反応があると、今度はバッと離しての外側≠見る。その大量の朱に、政宗は大きく目を見開いた。
「おまえ・・・これ・・・」
「・・・あぁ・・・大丈夫。私のじゃ、ない。返り血、だから」
徐々に意識がはっきりしてきたは、額をおさえつつ返した。
「そう、か・・・」
安堵の息をついた政宗は、再びを、今度は柔らかく抱きしめた。
「・・・あんま、心配かけさせんじゃねぇよ・・・」
「・・・ごめん」
すると脇腹をつつく気配があって、は政宗の腕の中から抜け出した。
「彩輝」
呼ぶと彩輝は心配そうに弱くないた。
「ごめんね、心配かけて」
撫でようとして、ふと手が朱に染まっている事に気づき、止める。だが彩輝は自らに寄って行った。が苦笑しながら撫でてやると、彩輝は嬉しそうにいなないた。
「そろそろ行くぞ。この辺りは、黒脛巾に片づけさせておく」
「・・・ご迷惑おかけします」
「しかし、なんだってこんなに・・・」
政宗は考えるような仕草を見せたが、すぐに戻し馬に乗った。今はここから離れてを休ませることが先決だ。も、「汚してごめん。後で綺麗に洗ってあげるからね」と謝りながら彩輝の背に乗った。
米沢城へ向かう道中。
「ほんっとうに怪我してねぇんだろうな?」
「・・・・・」
政宗が念の為にきくが、返答はない。
「・・・おい、まさか、図星で何も言えねぇとかじゃねぇだろうな?」
「・・・・・」
やはり、返答はない。
「おいっ・・・!?・・・・・」
心肺になった政宗が少し後ろを行くたちを振り返る。は、彩輝の首に身体を預けて規則正しい息を立てていた。
「・・・ったく」
政宗は苦笑して彩輝が隣に並ぶように待ち、手綱を拾った。彩輝もまた、安堵と苦笑を交えたようにいなないていた。
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5title 戦う人
元:俺のじゃない。返り血だよ
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