命懸けの鬼ごっこ
現在、は全力疾走していた。時々、跳んだりしゃがんだりしていた。隣には、左目を眼帯で覆った長身の男、四国の長、長曾我部元親。彼もまたと同様に、走りながら跳んだりしゃがんだりしていた。というのも、二人は逃げているのだった。鬼にも負けぬ気迫と殺気で追いかけてくる、毛利元就から。彼女らは、元就の攻撃を避けながら走っているため、跳んだりしゃがんだりしているのだった。
「どうなってんだよ、!!」
走りながら元親が言う。
「同盟の話は任せておけって、言ったじゃねぇか!!」
そう言っている最中にも、容赦なく元就の輪刀がとんでくる。元親は、埒のあかない中国四国間の戦に邪魔が入りそうなことを悟り、毛利と同盟を組んで一時休戦、邪魔者を排除してから再戦しようとしていた。その駆け引きを、両当主の幼馴染であるに頼んだ。元々二人が戦い合う事が本望でないは、喜んでそれを引き受けたのだった。任せておけという、自信たっぷりな言葉つきで。
「それなのにっ、なんだっ、この、仕打ちはぁっ!?」
輪刀が元親の髪をかすめた。白に近い髪がほんの少し、散っていく。
「おまえっ、本当に、あいつに是と言わせたんだろうな!?」
「いや?」
「って、おい!!?」
さらりと言ってのけたに元親は思わずツッコんだ。は悪びれる様子など全くなく、しれっとしている。
「直接説明すればいいと思って」
「おまっ・・・!大丈夫だって言うからてっきりすでに説明したのかと・・・!!」
「いやー、だってさー・・・・・中国四国往復するのめんどくさいし」
「お前今めんどくさいっつった!?」
ぼそりと呟いた言葉も元親にはしっかり聞こえていたらしいが、は知らぬふりをした。
「めんどくさいって、そんな理由で俺、今、殺されかけてんのかよ!?おまえ、いい加減にしろよ!」
「じゃかぁしぃわ!そんなんならハナっから頼まんかったらいいじゃろうが!!」
「逆ギレすんなよ!!」
そんな言い争いをしているうちに、二人は厳島の奥へと追いつめられてしまっていた。元就が口元に妖しげな笑みを浮かべつつ歩み寄ってくる。
「覚悟は良いな?我が輪刀の錆びにしてくれる」
チャキ、と元就が輪刀を構える。元就の頭を『海に飛び込んで逃げる』選択がかすめたが、飛び込んだところで毛利水軍の餌食になるだろうとかき消された。三人の距離が徐々に縮まっていく。遠くから恐る恐る見ていた毛利家家臣たちも息をのんだ。
(さ、さすがに様は斬らない、よな・・・?)
(元就様が様を斬り捨てたら、それこそこの世の終わりだ・・・!)
そんな家臣たちの心配をよそに、元就が輪刀を振り上げた。
「元就」
振り下ろそうとした元就の手が止まる。元親を含め、全員の目がに向く。
「何を、そんなに意地張ってるの?」
「・・・我は、意地を張ってなどおらぬ」
「ならなぜ、四国と同盟を結ぶことを拒否するの?」
「・・・・・我は四国の手など借りずとも、邪魔者を消し去れる」
それに――
次の言葉が頭をよぎったが、口にはしなかった。
「張ってるよ、意地」
「張っておらぬ」
「・・・何それ。折角私が元親の意を汲んで仲介しようってのに、なんでそんなに拒否するかなぁ」
(我は、それが)
今まで無表情に抑えていた元就の顔が、みるみるうちに不機嫌の色に染まっていく。
(お?)
それにいち早く気付いたのは元親だった。
(なんだ、こいつ・・・)
も、元就が不機嫌になったことには気づいているだろうが、理由まではわからないだろう。思わず口角が上がる。
「・・・何を笑っておる」
「いや、別に」
元親の様子に気づいた元就が睨みつけるが、元親はそっぽを向いてかわした。
「本当は理にかなってると思ってるんでしょ?中国四国の決着に邪魔ものなんかいらない。だからさっさと倒してしまいたい。けど、中国だけでは少々手厳しい。四国と手を組めば中国だけでやるよりは効率がいい・・・って」
「・・・・・」
元就は否定も肯定もしなかった。
「じゃあ、同盟を結ぶって事でいいね?仲介は予定通り私がするから」
「・・・仕方があるまい。だが、我は貴様と慣れ合うつもりはない。それは肝に銘じておけ」
後の方は元親に向けられたものだった。元親は「へいへい」と肩をすくめて笑った。
「そんなに邪険にしなくても、お前の大事なをとったりはしねぇよ」
「ッなっ・・・!!?」
「へ?」
元就の頬がさっと朱に染まる。元親はにやにやと笑っていた。だけがよくわからず二人を見比べている。やがて、元就がわなわなと震え始めた。
「(あ、やべ、からかいすぎたか?)おい、もう「ッ!貴様ッ!焼け焦げよ!!」へ!?」
振り上げられた輪刀が輝きだす。は身の危険を感じてそそくさと二人から離れた。
「へ、おい、毛利、ちょっ、まっ・・・!!」
「散れっ!!!」
「ギャー―ッ!!!」
その叫びは、厳島中に響き渡ったという。
「大事な=Aねぇ・・・」
「!」
思わず振り返る元就。その足元には、焼け焦げた元親が突っ伏していた。
「私にとっても、元就は大切なんだけどね」
「・・・!!」
「もちろん、元親も」
「・・・・・」
上昇しかけた機嫌が一気に降下する。
「その大事な人達が戦い合うのは本当は嫌なんだけどね。・・・まぁ、そんなの綺麗事でしかないんだけど」
「・・・・・」
やはりには敵わない、と元就は思ったのであった。
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