桜舞う夜に

























ひらり、ひらり、と月光に照らされてうっすら輝きながら、桜が舞っている。こんな状況でなければ夜桜を楽しむのに、とはため息をついた。














予定が思ったより遅れ、夜になってから甲斐に入ったのがいけなかったのだろうか。野宿でもいいかなんて考えは浅はかだっただろうか。少しの賊なら返り討ちにしてやればいいかなんて安易な考えがいけなかったのだろうか。どれも当てはまる気がするが、さすがにこれは想定外だった。始めは5、6人くらいで、これなら適当にあしらえるかと彩輝を離れさせて走り回っていたのだが、いつの間にか増えに増え、ざっと20人くらいになってしまった。しかも、囲まれている。一方へ動いたところを背後から狙うつもりなのだろう。わかりやすいが、多人数対一人では定石で効果的だ。


(相手の技量にもよるけどね。とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかないし・・・仕方ない)


はもう一度ため息をついて居合いの構えをとった。周囲の気が変わる。はそれを感じた後、前方に大きく跳躍し、そのまま薙ぎ払った。着地して左足を軸に振り向き、背後から襲いかかって来た奴らを一閃する。続いて、左右同時から。は挟み撃ちにされないように走って移動し、大岩を背にして待ち構えた。


「追い詰めたぜぇ。大人しく金目のもんだしな」

「まぁ、あんた自身でもいいけどなぁ」


下品な笑いにの顔が歪む。わざと追いつめられたことにも気づかず、なんとのん気な事か。さらに、何やら別の厄介事までありそうだ。本当、ついていない。この度三回目の溜息をつき、は前を見据えた。それにしても、いつからいたのだろうか。


(まぁ、あっちは後でいいか)


どうせこのまま高みの見物をしているつもりなのだろうから。


「大人しく出す気も身をやる気も更々無い。死にたくなかったらさっさと失せなさい」

「あー?・・・んじゃあ仕方ねぇな。力づくで奪うまでだ!!」


約10の賊が、一斉に動いた。


















ひらりと桜が舞い、地に落ちてその薄い色を朱に染める。は刀についた血を薙ぎ払い、さらに布で丁寧に拭った。それを鞘におさめ、一息つく。そして、どことも言えぬ方へ声を放った。


「隠れてないで、いい加減出てきたら?」

「あっれー?気づいてたの?いつから?」


半分期待していなかったのだが、返事はあっさり返って来た。だが返って来たのはのんきそうな声だけで、姿を見せる気はないようだ。


「さっき、大岩を背にした時から。位置はまだわかんないけど」

「へー。俺様不覚だったわー」


と言うものの、声に反省の色が無い。忍には間違いないとは思うが、なんて緊張感のない忍びだ。


「ところでちょっと訊きたいことがあるんだよねー。手荒なことはしないつもりだからさ」


つもり、ということは、要は返答次第という事か。


「見回りしてたら丁度さっきの現場を見つけてね。やばいかなーと思ったけど一人で片づけちゃったから、俺様ちょっとびっくりしちゃったよ」

「・・・最初から、いた?」

「最初って言うと5人くらいの時?さすがに最初から気づかれちゃ、俺様忍失格だよ」


はっきりとしない忍に、いい加減苛々してきた。


「・・・で?」

「あー、怒んないでよ。それじゃ、本題に入ろうかね。・・・あんた、甲斐に何の用だ?」


急に低く、殺気のこもった声になり、一瞬鳥肌が立った。


「あれだけ腕が立つのに、ただの旅人、とは言わないよね?何者なわけ?」


口調は軽くなったものの、殺気はおさまる気配がない。


「・・・ただの、旅人ですよ。ちょっと腕が立つ程度の、ね」

「ほんっとーにそう?」

「誓って、甲斐武田の害になるようなことはしない」


見極めているのだろう。しばしの沈黙が流れる。


「・・・わかった。とりあえずは信じましょうかね」

「ありがとう」

「とりあえずはって言ってんのにね。まぁいいけど。こいつらは俺が片しといてあげるよ」

「・・・ありがとう」


はひとつ息をついて上を見上げた。今の出来事など何も無かったかのように、桜がひらりひらりと舞っている。夜桜、いいな。いつか時間があれば夜桜で花見をしに来よう。それにしても、もう野宿をする意味はなさそうだ。うっすら差し込んでくる陽の光が目にしみる。は一笛吹き、彩輝と共に山を下りて行った。














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