約束の地へ


























「ぜったい、ぜったいまたあいにくるから!」














約束を果たしに、彼の地へ―――
























そう遠くないところから喧騒が聞こえてくる。言うまでもなく、戦だ。こちらまで来なければいいが。軽く息をつき、は愛馬・彩輝の首を撫でる。進み行くのは北への道。昔交わした約束を果たすために。向こうは覚えていないかもしれない。ただの自己満足になるかもしれない。それでもわずかな期待と希望を胸に、は歩を進めた。物思いにふけりながら歩いていると、ふと、喧騒が大きくなったことに気づいた。ここは高台になっていて、丁度戦場がよく見える。目によく映り込むのは、鮮やかな蒼。どうやら蒼い軍勢が圧しているようだ。は、蒼い軍勢のその、先陣を切っている人物を目にし、そして一瞬、世界が止まった。遠目だが、武装で分かり難いが、昔の面影なんて有るような無いような面構えになっているが。だがあれは、間違えようもない、疑いようもない。


「・・・ッ!!」


は自分の中の何かが高まるのを感じた。自然と口角が動く。彩輝から降りて、そっと声をかける。


「いつものように、ね?」


首から下げるそれを軽く掲げて見せると、彩輝はひとついなないてから離れた。


「・・・今、行くよ」


約束を果たすため、はその喧騒の中へと飛び込んだ。





























ふと、相手の陣形が妙な崩れ方をしている事に気づいた。確かに無茶苦茶に突っ込んではいるが、これは異常だ。まるで、別の所から崩されているような。


「まるで乱入者でも現れたかのようですな」


同じことを思っていたらしい。片倉小十郎が隣に並んで言った。


「・・・みてェだな。ったくどこのどいつだ?せっかくのpartyに水を差す奴は」

「政宗様がそれをおっしゃいますか」

「・・・言うじゃねぇか、小十郎」


以前敵国同士の戦に乱入したことのある伊達政宗が、じとりと小十郎を睨む。だがすぐに左目を凝らし、前方を見つめた。その乱入者は一体何者なのだろうか。いまいち物足りていなかった政宗の口角がつりあがった。


「さぁて、どんな奴が来るか・・・」


政宗は、次々と倒れていく敵軍勢を前に、得物を構えなおした。





























まだだ。まだ見えない。直接蒼い軍勢の方に行く道が無かったため、は逆方向から強行突破をしていた。だが、誰一人として殺してはいない。殺しが目的ではないから。


(まぁ、骨の数本イッてる奴はごろごろいるだろうけど)


粗方倒して進んだところで、蒼≠ェ視界をかすめた。
あと、少し。もうすぐだ。もうすぐ、約束を―――





























目の前に、道が出来た。敵軍勢が倒れた痕でできた道だ。その道を作った人物を目の当たりにし、政宗はもちろん、伊達軍の前衛皆が驚いた。


「女・・・だと・・・?」


息を弾ませて俯いているため、顔はわからない。右手には一振りの刀が握られており、その持ち手は、逆刃。斬る事を目的としていない持ち方だ。彼女の周りを見てみれば、呻いている者はいても、血を流して死んでいる者は一人としていなかった。彼女はさらにもう一振り腰に携えており、こちらは刀身が少し短い小太刀のようだ。


「てめぇ、何者だ?何の目的で邪魔立てしやがった?」


政宗が刀を構えたまま問う。すると彼女はひとつ深呼吸をし、顔を上げた。


「約束を、果たしに来た」


まず目に入り印象的だったのは、真っ直ぐな瞳と、額の小さな刀傷。どこか引っかかるような気がする。知っている、ような。


「・・・約束、だと?」


だが答えは見い出せず、刀は構えたままだ。


「・・・やっぱり、か」

「Ah?」


何か言った気がしたが、その声は小さく、政宗には聞こえなかった。だがその切なげな笑みは、胸中のもやもやを募らせる。


「まさか・・・もしかして、もしか、する?」


政宗のものではない。政宗の後方からの声。政宗が振り向けば、政宗の親戚で伊達三傑≠フ一人と呼ばれる伊達成実が歩み出て来ていた。そして小十郎もまた、成実の発言にはっと気づき、彼女を凝視する。彼女は驚きの表情を見せたものの、すぐにそれを苦笑に変えた。


「その、もしかする、だと思うよ。時宗丸=v

「な・・・」


驚いたのは呼ばれた本人ではなかった。幼名なんてものは、元服すれば呼ばれることはほぼなくなる。つまり、幼い時を知らなければ、幼名自体知らなくてもおかしくはないのだ。なぜ、という疑問が政宗の内で尽きない。同時にもやもやが増していく。この気持ちは何だ。なぜこんな気持ちになるんだ。


「梵、わからないのか」

「・・・なにがだ」


成実の問いの意味すら分からない。政宗の内でもやもやを通り越して苛々が募っていく。


「ほんとうに、わからないのか?」

「失礼ながら、政宗様。本当に、おわかりにならないのですか?貴方≠ェ」

「俺=Aが・・・?」


小十郎にまで言われるが、答えは浮かんでこない。


「梵!本当に・・・」

「いいよ」

「えっ?」


成実は繰り返し問おうとした時、彼女が止めた。


「もう、いい」

「でも・・・!」

「いいんだよ。覚えてないんだから仕方がない。・・・また、出直す」


言って彼女は丘の方を向き、懐から、首から下げたそれ≠取り出した。


「それは・・!!?」


政宗がそれ≠見て反応するが、彼女は気づかぬままその笛≠吹いた。澄んだ音が辺りに響く。ここが戦場だったのが嘘のようだ。誰もが黙って事の成り行きを見守った。しばし後、丘の上から一頭の馬が駆け下りてきた。彼女はその馬を優しい笑みで迎え、その首を撫でる。政宗は呆然としているが、なぜか頭の中では冷静に記憶を掘り返していた。真っ直ぐな瞳。その優しい笑みの面影。額の小さな刀傷。そして、首から下げた小さな笛。


「まさか、お前・・・、か・・・?」


彼女の動きがぴたりと止まり、成実の、小十郎の、黙って見守っていた伊達軍の視線が政宗に集中する。彼女は数秒固まっていたが、やがて軽く俯いて小さく笑いをこぼした。そして。


「まったく・・・気づくのが遅いよ、梵天丸」


呆れたように、苦笑混じりに、だが嬉しそうに、は微笑んだのだった。


















どちらからともなく、二人の距離が縮まる。敵軍はいつの間にか撤退していたが、今の彼らにはどうでもいいことだった。


「約束を、果たしに来た」


先ほどと同じ言葉。だが今度は、すんなり内に広がって行った。


「あぁ」

「・・・って、それだけ?」

「他に言う事があるか?」

「・・・無いね」

「だろ?」


政宗が、が、笑った。


















約束を、果たしに来ました。幼い時に交わした、必ずまた会いに来るという約束を。あなたの元へ―――

























奥州への道中。


「でもさ、梵酷いよなー。だってわからないなんてさ」

「そのとおりですぞ、政宗様」

「約束忘れてるかもとは思ったけど、まさか存在忘れられてるとは思ってなかったよ」

「Ah?忘れてなんかいねぇよ。ただな・・・」


三者三様の言い様に政宗が反論する。と、政宗がの顎をくいと持ち上げた。


「こんないい女になってやがったからわからなかっただけだ」

「は・・・い・・・?」

「覚悟しろよ?you see?」
























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