剣舞
春。
この時期神泉苑では、雨乞いの為に龍神に舞を捧げて祈る。源九郎義経はその席に出席すべく、神泉苑にいた。また彼の仲間たちも、好奇心から神泉苑を訪れ、九郎の計らいで儀式の見学をさせてもらえることになった。
舞手が舞台に上がるとシンと静まり返り、皆が舞手に注目する。が、その舞はお世辞にも美しくなく、雨など一滴も落ちそうにない。何人かが舞台に上がって舞ったが、誰もかれも同じだった。
「もうよい。もっとましな舞手はおらぬのか」
痺れを切らした後白河天皇が唸る。そして、ふと九郎たちの方を見た。
「九郎、そなたの連れのおなごたちをここに」
「え、は、はい」
突然の事に戸惑いながら、九郎は仲間たちの方を見る。連れのおなごたちといえば、望美、朔、の三人だ。九郎は三人に声を掛け、後白河天皇の前に連れ出した。
「そなたたちの中で、舞える者はおらぬか」
後白河天皇の問いに、まず朔が否と答えた。自分は出家した身だから、人前では舞わないと言う。後白河天皇にもはっきりと言う度胸が朔らしい。次に後白河天皇は望美に目を向けた。
「わ、私ですか!?朔に少しは教えてもらったけど・・・人に見せられるようなものではないので・・・」
と、期待を込めてをちらと見る。は、面倒だなと思いつつ、こうなるだろうことがわかっていたように小さく息をついた。
「剣舞でよろしければ、舞えますが」
「ふむ・・・剣舞か・・・」
後白河天皇はしばし考える仕草をとった。龍神に祈りを捧げる場としては、いささか不似合だ、だかが、仕方なしと思ったのか、後白河天皇は「とりあえず舞ってみよ」とに命じた。「御意に」と返し、が席に置いたままだった剣を取りに戻る。九郎とすれ違いざまに、「すまない、恩に着る」ときこえた。小さく笑って返し、は無台に上がって片膝をつく。そして、静かに舞い始めた。
「ほぅ・・・これは・・・」
誰のものだっただろうか。この場にいる者全てがに注目していた。剣舞らしい鋭く勇ましき動き、かと思えばしなやかな流れ。誰もを魅了する、美しき剣舞。まるで、龍が翔けるような美しさ。舞が終わると、喝采が沸き起こった。
「見事だった。これほどの剣舞を見たのは、初めての事かもしれぬ」
「恐れ入ります」
「気に入ったぞ。そなた、余の元へ来ぬか?」
後白河天皇の言葉に、辺りがざわついた。後白河天皇お抱えの白拍子になるということの意味を知っているからである。だが、言われた本人は全くと言っていいほど動じていなかった。
「気に入っていただけて光栄な事ではございますが、それは承知いたしかねます」
「・・・なんだと?」
の返答に、後白河天皇が眉をひそめる。周りのざわつきが違う色に変わった。九郎も驚いて声が出ない様だ。
「私を欲しておられるのでしたら、しかるべきところへお申し出くださいませ。私は京の者ではございませんゆえ」
「どういう意味だ?」
「後白河院」
の言いたい事を悟った九郎が後白河天皇に耳打ちする。後白河天皇は「なんと」と呟き、を見た。
「そうであったか。ならば余が貰い受ける訳にはいかぬな」
「ご理解いただきありがとうございます」
あっさり引き下がった後白河天皇に、九郎が何と言ったのか気になりつつ、は頭を垂れた。
「ぜひまたそなたの剣舞、見せてくれ」
「機会がありましたら、喜んで」
軽く笑みを浮かべ、は九郎と共に仲間たちの元へ戻った。
席に戻ると、仲間たちが笑顔で迎えてくれた。口々に、舞が素晴らしかった、かっこよかったと言っている。
「雨降らなかったけどいいのかな?」
「後白河院がご機嫌だから大丈夫・・・みたいな?」
曖昧に答えて景時がへらりと笑う。
「そういえば九郎、後白河院になんと耳打ちしたのですか?」
がきくと、九郎は「う・・・」と固まる。その反応に首を傾げる者多数。
「あれー?言えないようなことでも言ったのかなー?九郎」
「べ、別に変な事は言っていない!ただ、この場で言っては困る事も、ある、だけだ」
景時ににやにやされながらきかれた九郎は慌てて否定した。
「困る事ってなんですか?話せないようなことなんですか?そういえばさん、京の者ではないと言ってましたよね?」
こういったことに勘の良い譲が九郎に詰め寄るが、九郎は頑として言おうとしない。京の者ではない、という言葉を聞いて、は把握した。
「譲、人には話せること話せない事があるんだよ」
「・・・・・」
なにやら疑いの目をに向ける。隠しているのだから当然だとは思うが。
「大丈夫、あなた達に害はない、はずだから」
譲は納得していない様子だったが、これ以上聞いても無駄だと悟ったのか、もうきかなかった。
「ありがとう。いずれ、話すから・・・」
時が来たら、きっと。
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剣舞・・・詩吟に合わせ、刀剣を持って舞う事。また、その舞。
遙かなる時空の中で3
三週目の運命くらいの話
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